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高城八幡宮/白くて立派な鳥居

霊場の札所に指定されている神社・寺院は有人な場所もあるが、無人な場所も多々ある。無人だが整備されている場所・有人だが手入れが行き届いていない場所、それぞれだ。今回の神社はどんな感じなのだろうか?

基本情報

神社名  : 高城八幡宮
読み方  : たかぎはちまんぐう
霊場名  : 高城八幡宮・下相野観音堂
住所   : 青森県つがる市森田町下相野野田38-1

御朱印  : あり・無人
御本尊  : 如意輪観世音菩薩
建立年  : 1665年
創立者  : 土地の開拓者である盛嘉右衛門
御詠歌  : のちのよを ねがふこころは しもあいの しらがのゆきの ふらぬそのまに
その他  : 津軽三十三観音巡り霊場第十一番札所

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歴史

盛嘉右衛門の産土神として八幡宮が勧請される。
1675年に後継者である盛作右衛門が自身の屋敷の中に小堂を建立し、如意輪観世音を安置した。
1690年になると、信仰の広がりで規模が合わなくなり御堂を再建。
1746年に八幡神と如意輪観世音を合祀する。
1855年に『飛龍大権現』を合祀し、【飛龍宮】と改称する。しかし明治の廃仏毀釈で、【高城八幡宮】となる。
その際に御本尊は没収されることなく、お前立の観音像が上納されるにとどまった。
これにより御本尊は新田に奉安され霊場は後に復活することができた。
観音堂は廃堂となり、観音堂があった場所に『龍頭観音像』が設置された。

高城八幡宮と津軽民謡

・ 津軽は民謡の候補と言われる
・ 『津軽民謡』と『津軽三味線』との相性の良さ
・ 【民謡の成田雲竹】【津軽三味線の高橋竹山】の活躍
・ 成田雲竹の出身は森田町月見野だが、【弥三郎節】の発祥も森田町の、下相野の十一番札所の霊場
《弥三郎節》
・ 天保のころに下相野村に百姓の弥三郎夫妻が住んでいた
・ 妻の両親は嫁入り道具として長持ちや箪笥などをそろえてくれた
・ 弥三郎の両親は朝から晩まで牛馬の如くこき使った
・ 仕舞いには夜明け前から草刈りをさせて、日中は田畑の仕事、夜まで草刈りをさせていた
・ 指からは毎日地が流れ落ちる始末だった
・ さらには村のお祭りにも髪油をつけさせるのも許さず
・ 来る日も来る日もいびられ続けた
・ とうとう耐え切れなくなった嫁さんは離縁してもらった
・ そのことを見聞きした盛直賀という人が津軽全般にわたる嫁いびりの悪習を無くしたいと考えた
・ 女性中心の女性哀歌を作った
・ 弥三郎節が作られ、悪習に対しての教訓は残っていくこととなる
・ 因みに説明文の中に弥三郎の記述なし

御本尊について

【如意輪観世音菩薩】
・ にょいりんかんぜおんぼさつ
・ 【如意】は意のままに智慧や財宝、福徳をもたらす如意宝珠という宝の珠のこと
・ 【輪】は煩悩を打ち砕く法輪
・ 六観音の一つ
・ 天界道に迷う人々を救うとされる
・ 6本の手で六道すべてに救いの手を差し伸べる
《御利益》
智慧、財福、福徳授与、安産、延命
《真言》
オン・ハンドマ・シンダマニ・ジンバラ・ウン

御祭日

4月19日   : 春祭(祈念祭)
8月14・15日 : 夏祭(例大祭)
11月23日   : 秋祭(新嘗祭)

御祭神(祀られる神・仏・菩薩)

・ 譽田別命
・ 高産皇霊神
・ 倉稲魂命
・ 如意輪観世音菩薩

御神格と御利益

【譽田別命】
・ ほんだわけのみこと
・ 八幡宮と言えば
・ 応神天皇のこと
・ 戦前までは武神。戦後は教育・縁結びなど日常生活に根差した諸願成就の神様へと変化
・ 日本中のどこでも出会える神様
・ 第十五代目天皇
・ 【神】が付く天皇は、初代【神武天皇】・第十代【崇神天皇】・第十五代【応神天皇】
・ 崇神天皇が国を建てた天皇ならば、応神天皇は国内・海外に関する事績が多く、歴史時代の始まりとされる天皇
《神格》
文武の神、厄神
《御利益》
国家鎮護、殖産産業、家運隆昌、成功勝利、教育、交通安全、子孫繁栄、厄除け、悪病災難除け

【高産皇霊神】
・ タカミムスビ
・ 高御産巣日神(たかみむすびのかみ)
・ 別天津神であり、造化三神の1柱
・ 性別を持たない独神
・ 神名の【産霊(むすび)】は生産や生成を意味する。『創造』の神格を持つ
・ しかし本来は【高木】が神格化された神
・ 北欧神話にも【大樹】が神格化した話もある
・ 高天原の最高司令神で、祭事・政治・軍事の命令を発動する実力者
・ 『神武東征』では熊野の進行した神武天皇に、霊剣『布都御魂剣』を授ける。八咫烏を派遣する、といった場面で登場する
・ 神話で活躍し皇室の祭祀に重要な役割を果たす神
・ 民間信仰で祀る神社も少なくない
《神格》
造化三神、別天津神、天神地祇の祖神、生命力の本源神、高天原の最高司令、生成神、創造神、農耕神、鎔造の神
《御利益》
諸願成就、開運招福、厄除け、縁結び、農耕守護、延命長寿、無病息災

《倉稲魂命》
・ うがのみたまのみこと
・ お稲荷さん
・ 八百万の神の中でも代表的な食物神
・ 古来より女神として信仰されてきた
・ 伊邪那美と伊邪那岐が「国生み」で大八島を作った後、飢えて気力が無い時に生まれた
・ 飢えた時に食を要することから、穀物神である倉稲魂命が生じた
・ 【宇迦】は穀物や食物の意味
・ 【宇迦】は食物の古形・稲霊。【御】は神秘・神聖。【魂】は霊。【宇迦之御魂神】は『稲に宿る神秘な霊』
《神格》
穀物神、農耕神、百貨店の神、諸産業の神、麻雀の神、タバコ屋の神
《御利益》
金運向上、産業振興、商売繁盛、家内安全、芸能上達、五穀豊穣、諸願成就、交通安全

境内の様子

【一の鳥居】
笠木  : 反り増しあり
島木  : あり・反り増しあり
木鼻  : あり
楔   : あり
額束  : あり
その他 : 柱上部に台輪
・ 柱の上部の台輪が特徴的
・ 明神系鳥居の発展形の【台輪鳥居】
・ 白くて綺麗

【霊場石碑】
・ 一の鳥居と二の鳥居の間にあり
・ 《津軽三十三霊場第十一番掛所》とのこと
・ 他のところで見たことがない気が…

【二の鳥居】
笠木  : 反り増しあり
島木  : あり・反り増しあり
木鼻  : あり
楔   : あり
額束  : あり
その他 : 柱の前後に稚児柱がある
・ 一の鳥居とは違い朱色
・ 特徴的な稚児柱
・ 明神系鳥居の発展形の【両部鳥居】
・ 色剥げなどはなく、綺麗な状態

【参道】
・ 無人だが綺麗にされている
・ 草・花の手入れもされている様子

【手水舎】
・ 屋根などはない簡単なタイプ
・ これはこれで良い感じ

【狛犬】
髪・眉 : カールした前髪。後ろ髪は長く、背中の央らへんまで流れている。もみ上げの部分も前髪同様にカール。前髪なのか眉なのか?立派なV字
口・歯 : 唇と口腔内に舌がある。大きな三角の牙。他の歯は見えず
髯   : 口周りに流れるような髯
耳   : 伏せ耳。髪と一体化しているのか、何だかヘルメットのように見える
目・鼻 : 唖形の方は見えずらいが、吽形の方の眼は楕円形。鼻は大きく立派な獅子鼻。鼻の穴も大きい
毛・尾 : 毛並みは体に張り付いている。立派な立ち尾で、短くカールしている
手足  : がっちりとした手足。手足にも毛が表現されている
姿勢  : 胸を張って背中を伸ばしたお座り姿勢
・ 唖形の足元には毬
・ 吽形の足元は何もなし
・ 顔だけが大きいといったアンバランスではない
・ 正面から見ると四角くキュっとまとめられた見た目だが、後ろ姿は獅子
・ 津軽地方のは多いのか、【犬】というよりも【獅子】のような見た目が多い
・ 正面・後ろ・横と向きによって見た雰囲気が違う面白さがある

【御社殿】
階層   : 平屋建て
材質   : 木造
建築様式 : 妻入り
屋根の特徴: 寄棟?
屋根の材質: 鉄板葺き
・ 某感染症に対応した張り紙
・ 筆者も持ち歩いている観音巡礼ガイドブックの案内
・ 拝殿内も外同様に整理されている
・ 七福神の面が飾られていた
・ 賽銭箱の隣に御朱印の書き置きあり
・ 雪国では必須のだるまストーブ

【その他】
・ 猿田彦大神や月夜見尊の文字の刻まれた石碑あり
・ 石碑前に鳥居有り
笠木  : 水平
島木  : なし
木鼻  : あり
楔   : あり
額束  : あり
その他 : 笠木の断面が下が短い
・ 鳥居の特徴から神明系鳥居の【宗忠鳥居】か?

御朱印について

・ あり
・ 御拝殿内の御賽銭箱の隣にあり

まとめ・感想

津軽三十三観音霊場の一つ。
無人社だが、参道や境内周り・拝殿内といった人の目が入る場所は綺麗に整備されていた。周りに草が生えて入るが、参拝時には気にならない・邪魔にならない程度のモノ。
住宅街の一角に建つ霊場。住宅街だが、静かで虫の鳴き声が心地よく感じるほど。
狛犬の見た目は獅子のように見えるが、正面の唖形の眉はV
字で別の何かに見えてしまう。大きく口を開けて何かを訴えている様にも見える。吽形の凛々しい表情に比べると、顎が外れたような可哀想な存在に見えてしまう。

夏のため木々は青々としていたが、季節によってはまた違う表情を見せてくれるのだろう。
二の鳥居近くの花が、緑の中にピンクと目立つようで目立たない。儚いようでいて堂々と咲いている。
意外にも最初に目に飛び込んできた。帰宅後の写真整理時に、「ピンクの花の神社」という感想が最初に出てきた。

無人ではあるが霊場として地元の方々に大事にされてきていることが良くわかる場所だった。霊場の管理者の高齢化などで無人になっている場所も多いと聞く。それでも地元の方々の尽力で現在に残ってきている。
参拝時には、たとえ無人でも神様が見ていることを肝に銘じ、ルールや決まり事を守っていきたい。

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